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ここに言う「男性の目」、「女性の目」ということは象徴的なものであり、「男性の目」をもった女性や、「女性の目」をもった男性がいても不都合はない。
しかし、一般論として言えば、「男性の目」の優位性は男性の優位と結びつくことが多く、「学問」の世界において、これまで男性が優位を保ってきたことと無関係ではないだろう。
そうはいうものの、現代におけるわれわれの課題は、「借りものの学」としてではなく、保育学や看護学など「女性の目」の優位を必要とする領域において、それ自体のための学問を築くことであると思われる。
やや刺激的な表現を用いるならば、他の学問の「植民地」としての立場に甘んずるのではなく、自分たち独自の立場を明確にし、独立をすることが必要なのである。
 しかし、それはあくまで「女性の目」を主体とするのであるから、男性たちの独立戦争のように勇ましいものとはならないであろう。
それは常に全体を配慮したものとして、他とのつながりを切ることなく、独立をはかるというむずかしいことを目指すことになろう。
もっと具体的に言えば、新しい保育学を確立するのだからと言って、今まで世話になっていた、教育学、心理学、医学などの学問を放り出すのではなく、あくまでそれらを大切にしつつ、これまでと異なる視点がそこに生かされたり、それらをのみ大切にする態度から自由になって、新しい知見をそこに導入することを積極的に行うことになるだろう。
 もう少し具体的に考えてみよう。
子どもの知能指数や発達指数などという考えは、多分に 「男性の目」を通じて見たものである。
それはある程度の普遍性をもつものとして、役立つものである。
しかし、すでに例をあげて説明したように、われわれが個々の子どもに対応するとき、その子の知能指数を見るときに、われわれは「女性の目」を必要とする。
つまり、知能指数だけを切り離してしまって、それによってのみその子を評価したり、その子の行動予測をたてたりしないことが大切である。
 その子の全存在のなかで、その知能指数をどう位置づけるのか、そのような知能指数をもった子を、クラス全体のなかで、あるいは自分とのかかわりのなかで、どう位置づけるのか。
そして、それを一定不変の確定値として見るのではなく、将来には何らかの変化の可能性も含んだものとして見ることも必要となってくる。
このような態度をもったときにはじめて、それは実際場面に生かされる知識となるだろう。
 次に大切なことは、たとえば、先に述べた絨黙児のような例に接したとき、だから絨黙児に対しては生き物を飼ってやるとよい、というような一般化を行わないことである。
これは 「女性の目」で現象を見つつ、男性的一般化を急いだ誤りとでも言うべきであろう。
学問に「女性の目」をもちこむことを嫌う人が多いのは、このような誤った結論がしばしば下されるからであろう。
 われわれが現象を始終「男性の目」で見て、そこに一般化を行うときは誤りが生じない。
しかし「女性の目」で見たことを一般化しようとするときは、細心な注意が必要である。
普遍から普遍に到る道はわかりやすい。
しかし、個より普遍に到る道を探そうとするとき‐それこそが新しい保育学には必要なのだが‐、よほどの注意が必要なのである。
 先の例において、亀が逃げたことは偶然であった。
「男性の目」は偶然を排除することによって一般化を行う。
しかし、実際は、教育の現場においては、偶然を排除するのではなく、偶然を生かすことによって成功することが多いのではなかろうか。
われわれは偶然に対して、常に開かれた態度をもっていてこそ、偶然を生かすことができるのである。
われわれは、偶然を予測することはできないし、偶然から急激な一般化をすることはできない。
しかし、どのような態度が偶然を生かし、創造過程につないでゆくか、ということは一般化して述べることができる。
また、個々の例は、あくまで個別的であるが、そのひとつひとつの例が、多くの人の心にひき起こす感動と、その感動がその人に与える影響などについては一般化することができる。
そして、個々の事例について、それがどの程度の影響力をもつか、どのような記述の方法が影響力を大とするか、などについても一般化することは可能である。
 このように考えてくると、今まで培われた「男性の目」を否定することなく、そこに「女性の目」もともに用いることによって、新しい保育学が築かれるのではないかと思う。
そのためには、女性がその能力を十分に発揮して、新しい学の建設のために参加することが期待されるのである。
 「生涯教育」ということが強調されるようになってきたが、まさに教育は人間の一生と切り離せないものである。
幼児期においても、教育はもちろん大切である。
しかし、その本質はどのようなものであるかについて考えてみることが必要であり、それを把握してこそ、幼児教育における教師の役割について考えられるのである。
 すでに述べたように、教育を考えるときに、「育てる」、「育つ」という面から考えることが大切である。
小学校以前に存在する「幼稚園」を考えると、教育における「育」の重要性をますます痛感させられるのではなかろうか。
小学校に行くと、子どもたちには、算数や国語などいろいろなことが教えられる。
しかし、それが可能になるには、子どもたちがそれらをしっかりと吸収できるような状態にまで「育っている」ことが必要である。
 最近は後で述べるような反省が生じてきて改善されたが、ひところ、スポーツ界で問題になったことに、中学、高校の選手を「強く」しようとしすぎて、その能力をつぶしてしまうということがあった。
たとえば、野球の投手に早くから無理な変化球を投げさせると、確かに高校時代は強い投手ということで喜んでいられるが、その後で無理がたたってきて、他の人たちがどんどんと強くなってゆくときに、むしろ駄目になってしまうというのである。
つまり、選手に多くを「教えこみ」すぎて「育てる」ことを忘れるために、その才能までつぶしてしまったわけである。
最近はこのような点が反省され、よい選手を「育てる」ための条件がよく考えられている。
幼児の場合もこれと同じことが言える。
幼児も無理をすれば、相当なことができる。
しかし、それは後になって、その子の成長の妨害となることさえある。
 私は心の悩みをもった人たちの相談をしているが、思春期になって大きい問題をかかえている子どもたちを連れてきた親が、「この子は小さい頃は何でもできる、よい子だったのです」と、その子の「よい子」ぶりを強調されるのを聞くと、胸が痛む思いがする。
親は「よい子」をつくりたくて、たくさんのことを教えこんだのだろうが、そのため忙その子は、大変な苦悩をかかえこまされ、成長の過程が歪まされてしまったのである。
その子自身に自ら育ててゆく力のあることを忘れ、その力を奪うようなことをしてきてしまったのである。
 教育における「育」の重要性を教育に関係するすべての人がもう一度考え直すべきである、と思っているが、幼児の教育においては特にそれが大切であると言えるだろう。
ところが、いざ実際にとなると、これがなかなか難しいのである。

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